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東京地方裁判所 平成4年(ワ)1798号 判決

原告

中野篤

右訴訟代理人弁護士

伊藤まゆ

被告

須賀政夫

右訴訟代理人弁護士

大政徹太郎

被告

朴武夫

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金七一五万七三八〇円及びこれに対する平成二年六月一五日から支払済みまで年一五パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金一四三一万四七六〇円及びこれに対する平成元年一二月二七日から支払済みまで年一割五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一請求の原因

1  原告は、平成元年四月一〇日、栗山隆博に対し、金二〇〇〇万円を、弁済期同年五月一〇日、利息年四五パーセント、右期間中の利息七五万円は先取りの条件で貸し渡し、同日、右貸金を担保するため、別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件不動産」という。)につき譲渡担保契約を締結した。

2  右不動産については、栗山隆博の母である栗山登美から栗山隆博に対し平成元年二月二三日売買を原因とする所有権移転登記が経由されており、栗山隆博から原告に対し平成元年四月一〇日譲渡担保契約を原因とする所有権移転登記が同日経由された。

3  ところが、栗山登美は、同人から栗山隆博に対する前記所有権移転登記は、栗山隆博が勝手に栗山登美の印鑑登録の改印届けをしたうえ偽造の印鑑及び被告らの作成した保証書を使用して行ったものであって無効である旨主張し、原告及び栗山隆博らを被告として前記各登記の抹消登記手続等の訴訟を提起し(当庁平成元年ワ第六九二四号)、右訴訟において、栗山登美の主張が真実であると判明したため、平成二年六月二七日、原告と栗山登美との間において、原告の有する前記登記が無効であることを確認し、原告は、自己が有する前記登記を抹消し、栗山登美は原告に対し解決金として金一〇〇万円を支払う旨の裁判上の和解が成立した。また、栗山登美の栗山隆博に対する訴訟は、平成二年六月二九日、栗山登美の勝訴判決が言い渡された。

4  被告らは、栗山登美から栗山隆博への前記所有権移転登記手続に際し、平成元年二月二一日、栗山隆博の依頼に応じて保証書を作成し、これにより右移転登記手続が行われたものである。

5  被告らは、保証書を作成するに際し、登記義務者である栗山登美の真意を確認して作成すべき注意義務があるのに、漫然これを怠り、栗山登美の真意を確認することなく保証書を作成したものである。

6  右の結果、原告は、栗山隆博名義の登記が真正なものであると誤信して本件譲渡担保契約を締結したが、3により右譲渡担保契約に基づく所有権移転登記の抹消を余儀なくされ、物的担保を失ったものであるから、被担保債権額と同額の損害を蒙った。

7  原告は、前記栗山隆博に対する貸金について、その後弁済を受けた七〇〇万円につき利息制限法所定の範囲内で計算した結果、平成元年一二月二六日現在の貸金残元金は一四三一万四七六〇円となるから、被告らは右残元金及びこれに対する利息金相当額の損害賠償義務を負担する。

8  よって、原告は、被告らに対し、民法七〇九条の不法行為に基づく損害賠償金一四三一万四七六〇円及びこれに対する前記七〇〇万円の弁済を受けた日の翌日である平成二年一二月二七日から支払済みまで原告と栗山隆博間の約定利息のうち利息制限法所定の範囲内である年一割五分の割合による利息相当の損害金の支払を求める。

二被告須賀政夫の主張

1  被告須賀政夫が、栗山隆博及びその雇主である早乙女彰の依頼により、栗山登美から栗山隆博への前記所有権移転登記手続に関し、保証書を作成したこと及びその際被告須賀政夫が栗山登美に対し直接その意思を確認していないことは事実であるが、右保証書を作成するに至った経緯は次のとおりである。すなわち、被告須賀政夫は、一度取引のある早乙女彰から、その従業員である栗山隆博の母親である栗山登美が第三者に負担する五〇〇万円の高利の借金の返済につき本件不動産を利用する必要があるが権利証を紛失してしまったため保証書作成に協力してほしい旨要請された。そこで、被告須賀政夫は、早乙女彰及び栗山隆博と面談し、両名から、栗山隆博と栗山登美は同居の母子であること、栗山登美は入院中で同行できないが早乙女彰が入院中の栗山登美と面談して確認をし同人からも依頼を受けていること等の説明を受けた。そこで、被告須賀政夫は、栗山登美が本件不動産で五〇〇万円の借入れを行うために登記手続をするものと信じて保証書を作成したものであり、右保証書により栗山登美から栗山隆博への所有権移転登記手続が行われるとは考えていなかったものである。その際、保証書により登記申請がなされた場合には、登記義務者に対して郵便による照会がなされることから格別の問題は生じないと判断していた。したがって、被告須賀政夫は、保証書作成に当たって注意義務に欠けるところはない。

2  仮に、被告須賀政夫に注意義務に欠けるところがあったとしても、原告には、次のとおりの過失があるから、少なくとも七〇パーセントの過失相殺が行われるべきである。すなわち、原告は、本件不動産が栗山登美から息子の栗山隆博に売買を原因として平成元年三月一五日に所有権移転登記されていること及び栗山隆博が町金融である株式会社ランド・クリエートから高利の借金をしているにもかかわらず融資を行ったこと、原告は本件不動産を譲渡担保として取得するのであるから、現地を調査すべきであるのにこれを怠っていること、栗山隆博は当時サラリーマンであり、かつ、他の債務の肩代りとして原告から融資を受けるものであるのに、原告の融資は弁済期を一か月後とし利息を年四五パーセントという高利であるというのであるから、栗山隆博は本件不動産を処分するのでなければ返済が困難な事情にあるものであり、担保物の占有関係、現状、登記上の前所有者との関係等調査すべきであるのに、原告はこれを怠っているという事情があるからである。

3  被告須賀政夫は、栗山登美の五〇〇万円の債務整理のために保証書を作成したものであり、本件不動産が栗山隆博に移転し、さらに株式会社ランド・クリエートに極度額二五〇〇万円の根抵当権設定仮登記がなされ、さらにその肩代りとして原告に譲渡担保として所有権移転登記されることは予想しなかったことであり、原告の主張する損害と被告の保証書作成との間には相当因果関係がないから、仮に被告須賀政夫に責任があるとしても、相当因果関係があるのは金五〇〇万円を限度とするべきである。そして、原告が七〇〇万円の弁済を受けていることは自認するところであり、さらに、原告は、平成四年一〇月八日、裁判上の和解により栗山隆博から一〇〇万円の弁済を受けているものであるから、被告須賀政夫の負担すべき損害は存在しない。

三被告朴武夫は、公示送達による呼出しを受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。

第三認定事実及び判断

一請求の原因1及び2の事実は、証拠(〈書証番号略〉、原告本人)により認めることができる。

二同3の事実は、証拠(〈書証番号略〉、原告本人)並びに弁論の全趣旨により認めることができる。

三同4ないし6の事実について判断する。

1  右事実のうち、被告須賀政夫が栗山登美を登記義務者とする登記申請手続に関して保証書を作成したこと、その際、被告須賀政夫が栗山登美の真意を直接確認しなかったものであることは原告と被告須賀政夫間において争いがない。

2  右争いのない事実と証拠(〈書証番号略〉、原告本人、被告須賀政夫本人)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次のとおり認められる。

栗山隆博は、栗山登美と本件不動産に居住していたが、栗山登美が浅草の病院に入院中であった平成元年二月中旬ころ、栗山隆博の妻智子の娘の夫である早乙女彰が経営する不動産業の株式会社バルスペースに入社する話が持ち上がった。当時、栗山隆博は、約四〇万円の借金を負っていて資力がなかったため、その解決方を早乙女彰に相談したところ、本件不動産を利用する方法を示唆され、早乙女彰の指示されるままに、勝手に栗山登美の印鑑証明を入手し、実印とともに早乙女彰に交付した。そして、本件不動産を利用し栗山登美を物上保証人として金融業者から融資を受けようとしたが、いずれも栗山登美が承諾していることの証明を求められたため効を奏しなかった。そこで、本件不動産の所有名義を栗山隆博に移転し、栗山隆博が本件不動産を担保に融資を受けることとした。そして、栗山隆博が権利証を所持していなかったため、早乙女彰は、かつて不動産取引をしたことがあり、本件不動産の所在地である江戸川区に住所を有し当時不動産業をしていた被告須賀政夫に保証書作成を依頼した。被告須賀政夫は、栗山登美とは面識がなかったが、早乙女彰及び栗山隆博と面談し、両名から、栗山隆博と栗山登美は同居の母子であること、栗山登美は入院中で同行できないが早乙女彰が入院中の栗山登美と面談して同人所有の本件不動産を担保に提供することを了解していること、本件不動産を利用して栗山隆博が融資を受けるものであること等の説明を受けた。そこで、被告須賀政夫は、右の説明を信用し、直接、栗山登美にその真意を確認することなく、知人の被告朴武夫にも保証書作成を要請し、同人と共に平成元年二月二一日付の保証書(〈書証番号略〉)を作成した。右保証書は、登記義務者である栗山登美が本件不動産につき所有権移転登記を行う旨の記載がタイプで印字されている。そこで、早乙女彰及び栗山隆博は、平成元年二月二三日、株式会社ランド・クリエートから本件不動産を担保に一五〇〇万円を借り受けたが、その際、被告朴武夫の書類に不備があったため、同人から外国人登録済証の追完を得て、同年二月二七日に栗山登美の住所変更の登記及び株式会社ランド・クリエートを権利者とする極度額二五〇〇万円の根抵当権設定仮登記を経由し、さらに平成元年三月一五日、栗山登美から栗山隆博への同年二月二三日売買を原因とする所有権移転登記を経由した。その後、株式会社ランド・クリエートから返済要求を受けた栗山隆博は、早乙女彰と相談した結果、金融業者である原告からつなぎ融資を受けることを勧められ、勤務先である株式会社バルスペースの参与である中島益二、有限会社ユニオントレーディングの関与の下に、原告から本件不動産を担保に二〇〇〇万円を借り受ける方針とした。そこで、原告は、平成元年四月七日、有限会社ユニオントレーディングから電送された登記簿謄本(〈書証番号略〉)により栗山隆博が本件不動産の所有名義を有することを確認し、さらに栗山隆博の自宅である本件不動産に赴いて同人と面談し、株式会社ランド・クリエートから借りた金は株式会社バルスペースの社長(早乙女彰)に貸していること、母親である栗山登美とは同居しているが、現在、栗山登美は入院していること等の事情を聴取し、株式会社ランド・クリエートの融資に問題がある旨の説明がなされなかったことから、株式会社ランド・クリエートにおいて必要な物件の調査はなされているものと判断し、それ以上に栗山登美から栗山隆博への所有権移転登記が有効であるかについて格別の調査をすることなく、栗山隆博につなぎ融資することを決定した。そして、平成元年四月一〇日、東京法務局江戸川出張所で原告、栗山隆博、株式会社バルスペースの参与である中島益二、有限会社ユニオントレーディングの矢内明秀、株式会社ランド・クリエートの恩田哲男、司法書士が参集して請求の原因1の契約を締結し、同日、栗山隆博から原告に対し同日付譲渡担保を原因として本件不動産の所有権移転登記が経由された。

3 右認定事実によれば、原告は、栗山隆博が登記簿上の記載にしたがって本件不動産を所有するものと信じて二〇〇〇万円を貸し付け、本件不動産につき譲渡担保契約を締結したものであるところ、前記二認定のとおり、栗山登美から栗山隆博への前記所有権移転登記は無効の登記であったことから、結局、原告は、物的担保を喪失し、さらに栗山隆博が無資力であったため、本件貸金の回収が不能となったものということができる。そして、このような結果が生じたのは、栗山登美から栗山隆博に対して本件不動産の所有権移転登記が行われたことに起因するものであり、右登記作出に関して被告らが栗山登美の意思に基づかずに保証書を作成したことが原因となっているものであるから、被告らの行為と原告の本件貸金回収不能との間には相当因果関係がある。

4 そこで、被告らの保証書作成につき過失があるか否かについて判断する。不動産登記法上、権利に関する登記申請に当たっては登記済証、いわゆる権利証の添付が要求されているが、権利証が滅失して提出不可能な場合には権利証の提出に代えてその登記所において登記を受けた成年者二人以上が、登記義務者の人違いのないことを保証した書面(保証書)を添付して登記申請ができるものとされており(不動産登記法四四条)、この保証の内容は、登記申請書に登記義務者として表示されている者が登記簿上の登記名義人と事実上同一人であり、かつ、その者が申請人として真正に当該登記申請の意思表示をしていることを証明することである。これは、当該登記申請が、登記名義人の真意に基づくことを確認し、もって不正登記の出現を防止し、ひいては登記の正確性・信頼性を維持しようとするものである。このような趣旨からすれば、保証書を作成する者としては、登記義務者と登記申請者との同一性を、善良な管理者の注意をもって調査確認すべき義務があるというべきである。本件では、被告らは、栗山登美とは面識がないにもかかわらず、直接、栗山登美と面会してその意思を確認せず、単に、早乙女及び栗山隆博と面談したのみで栗山登美が登記申請の意思を有する旨即断して保証書を作成したものであり、さらに保証書による登記申請がなされた場合には、登記義務者に郵便による照会がなされるものであっても、被告須賀政夫は栗山登美が入院中であることを聞いているのであるから、これにより手続の適正が確保される保証はないことにつき容易に予想されるものであるから、被告らは、保証人としてなすべき注意義務を欠いたものであり過失があるというべきである。

5  そこで、損害の範囲について検討する。被告須賀政夫の供述中には、本件不動産に関しては五〇〇万円の借入れを行うために登記手続をするものと信じて保証書を作成したものであり、右保証書により栗山登美から栗山隆博への所有権移転登記手続が行われるとは考えていなかった旨の供述部分があるが、前記認定のとおり本件保証書(〈書証番号略〉)は、登記義務者である栗山登美が本件不動産につき所有権移転登記を行う旨の記載がタイプで印字されていることからすれば、右供述部分をたやすく信用することはできず、また、右の記載からすれば本件不動産の所有権移転の事態が予見可能であったというべきである。そうすると、被告らの負担する損害の範囲としては本件不動産の価値の範囲内に及ぶものというべきである。そして、原告は、本件貸付に当たって、本件不動産の評価額の範囲内で栗山隆博に融資したことが認められる(原告本人二二項)から、原告の主張する残債権及びこれに対する利息債権が損害額となる。

四次に、過失相殺の主張について判断する。前記三認定事実によれば、原告は、本件不動産が栗山登美から息子の栗山隆博に売買を原因として平成元年三月一五日付で所有権移転登記されていること、栗山隆博は、原告に融資話が持ち込まれる一、二か月前に株式会社ランド・クリエートから融資を受け、根抵当権設定仮登記を経由していること、栗山隆博は一介のサラリーマンであってその前記株式会社ランド・クリエートからの借金は勤務先の社長に貸し付けていたものであり、栗山隆博本人には同人名義の本件不動産しか引当てになる財産は見当たらず、かつ、原告の融資も栗山隆博の株式会社ランド・クリエートに対して負担する債務の肩代りとして行われるものであったこと、しかるに原告が行った調査としては、ファクシミリで送付された本件不動産の登記簿謄本を検討し、本件不動産を訪れてそこに居住する栗山隆博と面談した程度であり、このような状況に鑑みると、公信力を有しない我が国の不動産登記制度のもとでは、金融業者である原告としては、親子関係にある栗山登美から栗山隆博への所有権移転登記について栗山登美に面談する等してその実体関係の有無について調査すべきことは当然に要求されて然るべきであり、原告にはこれを怠った過失があるというべきである。そして、本件に現われた諸事情のもとでは、右過失は、原告の蒙った本件損害の五割と評価するのが相当である。

五そうすると、平成元年一二月二六日に原告が七〇〇万円の弁済を受けたことは原告が自認するところであり、右時点における利息制限法所定の範囲内の利息により計算した残元金は一四三一万四七六〇円であり、その後、栗山隆博が、平成四年一〇月八日に裁判上の和解により、原告に対し一〇〇万円を支払ったことは訴訟上明らかであるから、右一〇〇万円を法定充当により一七〇日分の約定利息の弁済に充てた残元金一四三一万四七六〇円及びこれに対する平成二年六月一五日から支払済みまで年一五パーセントの割合による金員について五割の過失相殺をした七一五万七三八〇円及びこれに対する平成二年六月一五日から支払済みまで年一五パーセントの割合による金員が被告らが負担する損害額というべきである。

六よって、原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用し、なお仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官吉田健司)

別紙物件目録〈省略〉

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